ユーイングリッシュ代表(講師・翻訳者)英語学習コラム

  3つのC(正確・明確・簡潔)による日英技術翻訳 

第19回【日本語にはない英語独特の発想―無生物主語】

 無生物を主語に使うことで、明確・簡潔に書ける場合があります。無生物主語を使った文章は、同時に、ダイナミックな能動態と
なります。
 無生物主語の主な方法として、<概念を主語にする>、<動名詞を使って動作を主語にする>、そして<単純にモノを主語にして
描写する>、という3つがあげられます。英語ネイティブが書いたと思われる文章から、これらの手法を、順番に見ていきます。また、
よく寄せられる疑問である、『無生物にどこまでの行為をさせることができるか』、について考えたいと思います。
 なお、ここでは便宜上、米国特許文書を使用します。できるだけ特許独特の表現が含まれない、特許文書の導入部分の英語を使用
します。ありがちな日本人英語をあげたのち、英語ネイティブが書いた可能性が高い文章を、「原文3C英語」として記載します。比較をしてみましょう。

<概念を主語にして、概念に「何か」をさせる>

ありがちな日本人英語:
As the technology for information processing and delivery advances, the amount of content usable by customers has been increasing. △
(近年、情報処理や情報送信に関する技術の進歩により、顧客が利用可能なコンテンツが増えている。)
<問題点:複文で長い。the amount of contentがincreaseする、が直訳調>

原文3C英語:
Developments in the technology for supporting information processing and delivery have made more content more widely available to customers than ever before.
<ポイント:無生物主語・単文・比較表現×2によるパラレリズム>

United States Patent 8,219,803
タイトル:System and method for unlocking content associated with media
譲受人(権利を譲渡されたもの、以下同じ) : Disney Enterprises, Inc.

3C英語のポイント:
 Developmentsという「概念」を無生物主語に使い、さらには、As…などを使った複文ではなく、シンプルな単文で、力強く表現
しています。さらなる3Cポイントとしては、「コンテンツが増えている」を、increaseといった動詞ではなく、more contentという
比較級を使って表現している点です。さらには、make more content more widely available…than before(以前より多くのコンテンツを広く利用可能にする)と比較表現を2箇所に使うことで、同時に、テクニカルライティングのテクニックである「パラレリズム(並列主義)」も達成しています。

<動名詞で動作を主語にする>

ありがちな日本人英語:
As compared with their experience of the ride in real time, customers would not feel much excitement by seeing a moving image on the screen. △
(本物のジェットコースターに乗る体験に比べると、スクリーンで動画を見ても、顧客はそれほど興奮を覚えない。)
<問題点:As compared withが直訳調。悪くない文章だが、長くて読みづらい>

原文3C英語:
Seeing a moving image on a computer screen is simply not as exciting as feeling the ride in real time.
<ポイント:無生物主語・単文・同等比較による言い切り表現>

United States Patent 6,007,338
タイトル:Roller coaster simulator
Disney Enterprises, Inc.

3C英語のポイント:
 動名詞Seeingを主語にすることで、シンプルに、SVCによる単文で表現しています。ここでは、SVOではなくSVCにより、あえて「動き」を出さずに淡々と描写することで、内容が映えています。as…asによる同等比較、さらにはSeeing a movieとfeeling the rideの表現をきれいにそろえることで、比較表現の原則である、「等価なものを比較する」、を満たし、さらには読みやすく書いて
います。

ありがちな日本人英語:
By placing the projected scene on a mobile set, the projected scene can be presented to the patrons for a longer period of time as compared with the structure in which the projected scene is fixed. △
(投影シーンを可動機上に設置することにより、投影シーンが固定の構成と比較して、利用客にシーンを長時間見せることが
できる。)
<問題点:By placingが冒頭に出ていて、直訳調。By placingの意味上の主語も不明。as compared with…が直訳調>

原文3C英語:
Placing the projected scene on a mobile set allows the patrons to interact with the projected scene for a longer period of time than if the projected scene was stationary.
<ポイント:動名詞による無生物主語+allow to表現・更に比較級表現・ifにより「従来」を強調>

img_19

United States Patent 8,179,337
タイトル:Mobile projected sets
Disney Enterprises, Inc.


FIG. 3 depicts an embodiment of an amusement park ride with several mobile projected sets and several ride cars carrying several ride patrons.
302-308…several mobile projected sets    322-326…one or more ride cars

3C英語のポイント:
 動名詞Placingを主語に使い、便利な動詞allowを使うことで、コンマに導かれた句などが本文の外に飛び出さない、シンプルな構造で表現しています。さらには、for a longer period of timeの箇所での比較級、if the scene was stationaryの仮定法表現により、「従来との比較」を表している点も、参考になる英文です。

<単純にモノを主語にして描写する>

ありがちな日本人英語:
There are a variety of amusement park rides such as high-speed thrill rides, such as a rollercoaster, and more entertainment, story-based rides, such as a merry-go-round or a haunted house. △
(遊園地の乗り物は、ジェットコースターのような高速スリルを提供する乗り物から、メリーゴーランドやホーンテッドハウスのように、楽しみを提供するような乗り物、物語を使った乗り物まで、様々なものがある。)
<問題点:視点が定まらないThere are構文を避けたい。後半にsuch asが続いて読みづらいので、せめて前半部分の読み手の
負担を減らしたい>

原文3C英語:
Amusement park rides may range from high-speed thrill rides, such as a rollercoaster, to more entertainment, story-based rides, such as a merry-go-round or a haunted house.
<ポイント:無生物主語+range from A to Bで明確に決める>

United States Patent 8,179,337
タイトル:Mobile projected sets
Disney Enterprises, Inc.

3C英語のポイント:
 「様々なものがある」の類の例示表現は、There is/are表現が使われがちですが、米国企業の英語では、無生物Amusement park ridesを主語に使うことで、文頭から情報が読み手の頭にスムーズに入るように表現しています。例示表現、と聞くとThere is/areではなくExamples of amusement park rides include…、Amusement park rides include…も良い表現ですが、さらに「様々なものがある」というニュアンスを端的に伝えているAmusement park rides may range from A to B.の表現は、便利です。

ありがちな日本人英語:
In an effort to attract enthusiasts, a lot of investments are being made into theme parks to develop newer and more thrilling roller coasters with additional and different effects. △
(テーマパークにおいては、刺激を求める利用客をひきつけるべく、従来と異なる特徴を有するスリル感ある新しいジェット
コースターの開発に多くの投資を行なっている。)
<問題点:受動態を改善したい>

原文3C英語:
In an effort to attract enthusiasts, theme parks invest significant sums for newer and more thrilling roller coasters which add additional and different effects.
<ポイント:theme parks(テーマパーク)がinvest(投資)する>

United States Patent 8,179,337
タイトル:Mobile projected sets
Disney Enterprises, Inc.

3C英語のポイント:
 theme parksという単純な「モノ」を主語にして、「モノ」に行為をさせています。「~においては」という和文がある場合、「~」の部分を、主語に使うとよいことが分かります。

無生物にどこまでの「行為」ができるか
<「人の影」が必要かどうか論争>

 無生物である「モノ」を主語にする場合、その「モノ」がどこまで直接的に行為を行なうと書いてよいのか、という疑問が生じることがあります。例えば主語が「装置」だった場合、その「装置」が「処理を行なう」と書く際、「処理を行なう」はThe system processes…と書いてよいか、それともThe system is used to process…と書くことにより、「装置」を使う「人の存在」を背後に記載しておくべきかどうか、という論争です。

<直接的過ぎる誤りには注意>

 まずは、主語に「できないことをさせていないか」を考え、その点が大丈夫であることを確認する必要があります。
 「できないことをさせる」代表的な例は、主語が「道具」の場合です。例えば、A screw driver tightens and loosens screws.(ねじ回しがねじを締めたり緩めたりする) では、主語にできないことをさせています。なぜなら、「ねじ回し」が「ねじを締めたり緩めたりする」ためには、「人の手」が必要であり、「ねじ回し」にはできないためです。したがって、「人」を必要としますので、A screw driver is used to tighten and loosen screws. (ねじ回しを使うことにより、ねじを締めたり緩めたりすることができる)と書いて、「人の影」を出すことで、正しい英文となります。
 この種の「無生物にできないことをさせる」表現には、注意が必要です。

<誤りを無くした上で自由に臨機応変に>

 一方で、「人の影」が必要かどうか論争への答えとしては、「できないことをさせていない」と確認したのちは、表したい内容に応じて、自由に書いてよいでしょう。
明確さ、簡潔さの観点からは、「人の影」を追加せず、直接的に「主語が行為を行なう」、と書くのが好ましいです。一方で、表したい内容によっては、is used toが特に必要でない文脈であっても、臨機応変に、「人の影」を残した表現を使うことも可能です。

 例えば、次のIntel Corporation(インテル)の英語では、A test module tests…ではなく、A test module is used to test…と書かれています。

A test module having capacitors in parallel, and in particular embedded capacitors, can be used to test tied traces and their solder joint connections by measuring the total capacitance of the capacitors.

United States Patent 7,208,967
タイトル:Socket connection test modules and methods of using the same
Intel Corporation.

 この文章では、A test module can test tied traces and their solder joint connections by measuring…と直接的に書いても誤りではありませんが、あえてcan be used toという「人の影」を残して表現しています。

 このように、誤りでないことを確認したのちは、「人の影」を入れるかどうかは、書き手の気持ち次第です。臨機応変に、表したい内容、表すべき内容に応じて、決定することができます。

ネイティブの大胆さに勇気付けられ、簡潔さを心がける

 一方で、せっかく無生物主語を使うのですから、特別な理由が無い限り、簡潔に書くに越したことはありません。つまり、is used to…といった「人の影」を残す表現ではなく、可能な限り、能動態・SVOで表現するのがよいでしょう。
 「どこまで直接的に書いてよいか」については、ノンネイティブには判断が難しい場合がありますが、ネイティブによる表現を見ていると、あまり細かいことを気にせず、大胆に、無生物主語による直接的な行為を表していることが観察できます。
 例えば、特許文書の場合、発明を具現化したものを”embodiment”と呼びますが、このthe embodiment(発明の実施例)を主語にした大胆な無生物主語表現も、見られることがあります。

大胆な無生物主語の使用例1:
An advantage of the processing of the embodiment of FIGS. 4 and 5 relative to the prior art is that the embodiment forms oxide by oxidation of metal and/or semiconductor material, rather than by direct deposition of the oxide.


United States Patent 8,323,995
タイトル:Diodes, and methods of forming diodes
Micron Technology, Inc.

大胆な無生物主語の使用例2:
An embodiment of the invention reduces the external resistance of a transistor by utilizing a silicon germanium alloy for the source and drain regions and a nickel silicon germanium self-aligned silicide (i.e., salicide) layer to form the contact surface of the source and drain regions.

United States Patent 8,482,043
タイトル:Method for improving transistor performance through reducing the salicide interface resistance
Intel Corporation

 使用例1では、対応しそうな日本語を仮定すると、「本発明の実施例では、oxideは~により、形成される。」となります。それをIn this embodiment, oxide is formed by…と受動態を使って表現せずに、The embodiment forms oxide (実施例が酸化物を形成
する)、という大胆な直接表現を使っています。使用例2は、「本発明の実施例によると~を低減することができる」という内容を、According to an embodiment, …is…と表現せずに、An embodiment reduces…(実施例が低減する)、と直接的に書いています。  書く勇気さえあれば、かなり大胆な使用であっても、直接的な表現が許容されることが分かります。この種の大胆表現に勇気付けられながら、ノンネイティブとして、できるだけ、簡潔・明快に、直接的に書いていきたいと思います。

正確・明確に書くために―ネイティブ文章を時には精査し、3C表現を身につける

 無生物主語、といった英語独特の表現は、英語ネイティブによる文章から習得するのが最も近道です。無生物主語、単文、SVOやSVC、といった一連の3Cテクニックを習得した後は、それらを見出しながらネイティブによる文章を読むと、その素晴らしい使用方法に魅了されます。英語を書く訓練を続ける中で、時には英語を読み、その中から、情報を読み取るのではなく、英語の3C表現を見つける読み方をすると良いでしょう。ネイティブ英語をすべて単純に真似るのではなく、3C英語を見つけ、効率的にそれらの表現を吸収
することで、正確、明確に、そして自然な英語が書けるようになると思います。

【日本語にはない英語独特の発想―無生物主語】のPOINT

  • 3C表現を学び、実践しはじめたら、ネイティブによる実践例を読んでみる。それを楽しむことができ、英語に魅了される、
    日英翻訳の仕事をより楽しむことができる。それがスキルアップへとつながる。
  • 無生物主語構文で書くためには、①概念を主語にする、②動名詞を使って動作を主語にする、そして③単純にモノを主語に
    して描写する、のいずれかが可能。
  • 無生物主語を置き、動詞を並べた後、主語に無理なことをさせていないか、確認すると良い。その際、「人の影」が必要か
    どうかを考える。「人の手」や「人の影」が必要でないと判断した場合、かなり大胆な内容・行為まで、無生物を主語に
    おいて、その無生物に直接させることができる。