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第12回【注意したい日本語―「確保する」】

頼るべきはツールではなく「頭」

 単純に英語に置きかえることが難しい、注意したい日本語の例をいくつかとりあげます。日英翻訳の中で「確保する」という表現に出会うたびに、私はつい、「和英辞書」を引いてしまいます。そして辞書を引いてから、「適切な表現が載っているはずなどないのに」と、自身の愚かさを反省します。分かっているのに何度も辞書を引いてしまうのは、この表現を英訳するのにいつも困ってしまい、何かに頼りたくなってしまうためでしょう。ところが、辞書には、日英翻訳の答えがすべて載っている訳ではありません。また、ネット検索でも、見つからない内容があります。適切な表現が見つからずに困った場合、頼りにするべきは、種々のツールよりも、「翻訳者自身の頭」なのです。頭を使い、考えて訳すことで、例えば機械翻訳には真似できない英訳を、提供できると思います。

secureやensure,provideから脱する

 「確保する」を単純にsecureやensure,provideなどで英訳できれば楽なのですが、そのように楽をすると、失敗する場合が多くあります。それはまず、日本語の「確保する」が、英語のsecureやensureよりも多岐にわたって使われるためです。「ある状態を維持する」「手に入れる」「とっておく」から、「可能にする」や「状態を改善し、それを保つ」「割り当てておく」など、様々な場合に「確保する」という日本語が使われていると思います。また、provideについては、日本語の「確保する」同様に広い意味を持つ英単語ではありますが、その広さゆえに、明確性や力強さに欠けてしまう場合があります。
 さらに、secureは「守る、安全にする、とっておく、手に入れる」を意味しますが、私自身、この単語のニュアンスを正確に把握しづらいと感じています。自分にとって使いこなせないと感じる単語は、使用を避けるべきです。
 そしてensureについては、こちらは比較的正しく使えることが多いですが、ensureには別途、具体的な内容を表す名詞(動詞の名詞形やthat節など)が必要となります。そのために、本来の動詞を隠してしまう弱い表現となったり、回りくどい表現となったりすることがあります。

「確保する」を具体的に英語で表す(例1~例4)

 適切に「確保する」を英訳するためには、その都度、日本語が表したい内容をしっかりと考え、具体的な内容を書くのがよいでしょう。
 例1~4をみてみましょう。

<例1>

スプリング力がかかることにより、ピニオンとラックのバックラッシュのない噛合が確保される

ありがちな英訳: With the force applied by the spring, backlash-free mating of the pinion teeth and the rack teeth is secured. ×

解説:mating is secured(噛合がsecureされる)という表現が不適切。secure→ensureに変更すれば正しくなるが、和文の並びと逐一対応させず、より自然な英語で表現したい。

リライト案1
Under the force applied by the spring, the mated teeth of the pinion and the rack have zero backlash.

解説:「スプリング力がかかった状態では、噛み合った歯にはバックラッシュが無い」のように「状態」を描写することにより、「確保する」を間接的に表現。「状態」を正確に表すことができれば、わざわざ「確保する」や「とっておく」、「維持する」などと書かなくても別によい。日本語にとらわれず、自由に書いてよい。

リライト案2
The force applied by the spring enables the mated teeth of the pinion and the rack to have zero backlash.

解説:リライト案1が好ましいが、「確保する」の日本語のニュアンスを強調したければ、動詞enableも使用可能。

<例2>

本データ転送装置においては、データ転送の信頼性を確保することができる

ありがちな英訳:
This data transfer system ensures the reliability of data transfer. △

解説:ensureの使用により、文章の明確性が損なわれている。ensure→provideに変更しても、同様に不明確。ensure the reliability of...→ensure high reliability of…と具体的に書けば少しよくなる。

リライト案1
This data transfer system enhances the reliability of data transfer.

解説:enhances(高める)と書くことで、文章の明確性が増す。「確保する」は、文脈によっては「高める」と書けることがある。

リライト案2
This data transfer system enables the reliability of data transfer to be increased.

解説:リライト案1が好ましいが、「確保」を強調したければ、enableも使用可能。

<例3>

パイプ同士の間に、空間を確保しておく

ありがちな英訳:
A space is ensured between the pipes. ×

解説:「spaceをensureする」という表現には違和感がある。ensureには別の具体的な動作や状態を表す表現が必要。ensured→providedに変更すれば正しくはなるが、もう一歩、踏み込んで英訳したい。

リライト案
A space is left between the pipes.

解説:具体的に「空間を残す」と書くことで、「確保する」を簡単に表すことができる。

<例4>

そのデータ用にメモリ空間を確保する必要がある。

ありがちな英訳:
Memory space needs to be secured for the data.

解説:「spaceをsecureする」という表現に違和感がある。secured→providedに変更すれば一見正しくなるように見えるが、メモリ空間を「とっておく」というニュアンスが表せない上、明確性も損なわれる。

リライト案
Memory space needs to be allocated to specific data.

解説:具体的に「メモリ空間を割り当てる」と書くことで、明確性が増す。「確保する」は、文脈によっては「割り当てる」と書けることがある。

正確・明確に書くために―頭を使って適切な英語で説明する

 「確保する」の対訳secure, ensure, provideなどを避けることは、日英翻訳者にとって、絶対に必要なことではないかもしれません。ですが、対訳を使うことで楽をするのではなく、その都度頭を使い、和文が意図している内容を英語でしっかりと説明するよう努力することにより、正確で明確な英文が書けると思います。和文にとらわれず、具体的な表現を自由に探すことで、日英翻訳が楽しくなります。また、適切な表現が見つかったときには、大きな喜びを味わうことができます。

【注意したい日本語―「確保する」】のPOINT

  • 「確保する」は、文脈に応じて具体的に訳し込む。secureやensureやprovideといった便利そうな対訳を避け、頭を使って適切に表現することがスキルアップにつながる。
  • 「確保する」は、①状態をそのまま描写する、②「高める(enhance, increaseなど)」と書く、③「割り当てる(allocateなど)」と書く、④「可能にする(enable)」を使って「確保」のニュアンスを強調する、⑤具体的な動作表す別の動詞を使う、などにより、文脈に応じて具体的に表現できる。

目次

本連載は、日本工業英語協会による機関紙『工業英語ジャーナル』に2009年6月から2014年6月にわたって連載した「日英翻訳スキルアップ」(中山裕木子著)を元に、加筆修正したものです。

中山 裕木子著 外国出願のための特許翻訳英文作成教本

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